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高松高等裁判所 平成3年(ネ)317号 判決 1992年6月29日

控訴人

ユニオン化工有限会社

右代表者代表取締役

鈴木要人

右訴訟代理人弁護士

高井實

被控訴人

センコー産業株式会社

右代表者代表取締役

西岡八郎

右訴訟代理人弁護士

中村忠行

熊川照義

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決「事実及び理由」欄「第二事案の概要」記載のとおりであり、証拠の関係は、原審及び当審記録中の書証目録並びに原審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする今治簡易裁判所昭和六三年(イ)第一号起訴前の和解申立事件において、昭和六三年二月九日、「(1)被控訴人は、控訴人に対し、本件建物を昭和六二年五月一日から昭和六三年六月三〇日まで、賃料を一箇月五〇万円として賃貸する、(2)解除その他の事由により契約が終了したときは、控訴人は直ちに本件建物を明け渡す。」等の内容の和解が成立し、控訴人が本件建物の引き渡しを受けて、現にこれを占有していることは、当事者間に争いがない。

二被控訴人は、本件賃貸借は一時使用を目的とするもので、期間満了によって終了したと主張するので、この点につき判断する。

賃貸借契約が一時使用の賃貸借か否かは、契約当事者の意思、期間の長短、賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情から、その賃貸借を短期間に限って存続させる趣旨であることが客観的に認められるかどうかによって判断されるべきであるところ、これを、本件についてみるに、<書証番号略>、原審証人重崎泰宏の証言及び原審における控訴会社代表者本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、タオルのプリント等を営業目的とする訴外南海産業株式会社(以下「南海産業」という。代表者は控訴会社代表者と同じ鈴木要人。)に対し、訴外南海プリント株式会社等が所有していた本件建物及びその敷地を担保に融資をしていたところ、南海産業が昭和六〇年八月ころ経営が悪化して事実上倒産状態になったので、被控訴人と鈴木が協議した結果、南海産業及び南海プリントが所有する機械器具、居宅及びその敷地を任意売却して債務を清算することになり、被控訴人が、機械器具を昭和六一年一一月二九日、二〇〇〇万円で、居宅(原判決別紙物件目録記載四建物)等を同年一二月二三日、二二七三万四五一五円でそれぞれ買い取り、その余の物件(工場建物、倉庫(前記目録記載一ないし三の建物)及びその敷地等)は担保権者からの申立てによる競売の結果、被控訴人が昭和六二年一月一六日これらを総額一億四〇〇〇万円で競落し、いずれもその所有権を取得し、これらの代金によって、南海産業の被控訴人その他に対する債務は完済された。

2  南海産業の代表者鈴木は、前記のように工場等を売却して負債の整理をすることにしたが、なお従来の事業を継続したいと考え、被控訴人に対し債務清算とは別に改めて資金援助をして欲しい旨要請し、前記清算処理を続けている途中の昭和六〇年一一月二八日、新工場を確保し、前記機械等を買い戻す資金の融資を受け、昭和六一年九月には、将来、被控訴人において競売にかかっていた旧工場建物等を競落することを見越して、それを含む本件建物を賃料一箇月一一〇万円、期間を同月一日から昭和六二年八月三一日までとする賃貸借契約を締結した。そして、南海産業は、昭和六二年四月まで引き続き操業し再建を試みたが、同月二〇日再び手形不渡りを出して倒産し、被控訴人からの前記借入金は、南海産業が新たに取得した土地等を被控訴人が買い取るなどして清算した。

3  南海産業は、被控訴人が本件建物の所有権を取得した昭和六二年一月から手形不渡りを出した同年四月までは前記約定賃料を支払ったものの、それ以後は操業を中止し、従業員には失業保険を受給させ待機させた。

4  被控訴人としては南海産業の再起を期待し、本件建物を賃貸したものの、賃料の支払も受けられなくなったので、南海産業代表者の鈴木に対し、本件建物の明渡しを求めたが、鈴木は、家族や従業員の生活のため引き続き本件建物を賃借して事業を継続したいと強く希望し、再三事業再開への協力方を要請するので、被控訴人も昭和六二年一一月ころ、右鈴木の要求を容れ鈴木が代表者である控訴人に対し、本件建物を、賃料を一箇月五〇万円、期間を同年五月から一年間として賃貸することを承諾した。そこで、控訴人は昭和六二年一一月末ころから、待機中の南海産業の従業員を呼び戻し操業を再開した。

5  その後被控訴人は、右契約内容を即決和解にしておきたいと考え、昭和六三年二月九日、今治簡易裁判所において、前示のとおり控訴人と起訴前の和解をした。右和解では、前記の期間、賃料の定めのほか、(1)賃借人は、三箇月前の予告をもって本契約を解約することができる、(2)賃料については、物価その他の経済の変動を生じた時は当事者は将来に向かってその増減を請求することができる、(3)被控訴人は、控訴人が昭和六三年一月一日から同契約満了までの間、同契約所定の債務を完全に履行した場合は、昭和六二年五月一日から同年一二月三一日までの未払賃料の支払債務を免除する、との約定がされた。

6  控訴人は、右契約に基づき、昭和六三年一月から約定の賃料を支払い、工場建物で操業を続け、自宅物件には鈴木とその家族が居住していたところ、被控訴人は前記和解条項所定の期間の満了後、これを理由に控訴人に対し、本件建物の明渡しを求めたが、控訴人が応じないので、それならば本件建物等の取得に要した資金の利息に見合う賃料支払を求めたいと考え、平成二年一〇月一日には賃料の値上げを要求した。しかし控訴人はこれにも応じず、本件紛争に至った。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

以上の認定事実によると、(1)本件賃貸借契約は、先に締結されていた南海産業との間の賃貸借契約を、控訴人が事実上引き継いだものであり、控訴人の代表者である鈴木において、従前からの事業を継続したいとの強い願望のもとに、自宅物件は住居として、その余の本件建物は従来どおりタオルのプリント工場として使用する目的で賃借し、現実に、そのとおりの用途に使用しているのであり、被控訴人もこれらの事情を十分承知のうえ本件賃貸借契約を締結したものであること、(2)本件和解条項には、賃借期間は、和解成立の日から僅か三箇月余の昭和六三年六月三〇日までと定められている(期間としては和解の日から遡った日より起算し、一年二月としている。)が、本件賃貸借が一時使用の目的である旨の記載はその文言のみならず、具体的事情としてもなく、かえって、経済情勢の変化に応じた賃料の増減に関する定め並びに三箇月の予告による契約解除の定めがあり、本件賃貸借契約が相当期間継続されることを当然の前提としているものと認めることができ、更に、(3)被控訴人においては、本件賃貸借契約締結当時、契約期間が満了したのち本件建物等を使用する具体的な計画があったとは認められず、むしろ、被控訴人としては、投下した資金の利息分に見合う賃料が取得できればよいと考えていたものと推認されるのであって、これらの諸事情を総合すると、本件賃貸借が、短期間に限って存続させる趣旨で締結されたもの、つまり、一時使用の目的でなされたものとは到底認めることはできない。

もっとも、前掲証人重崎の証言によると、本件合意に係る賃料は、被控訴人がその投下した資金等から割り出した希望賃料一箇月一〇〇万円ないし一五〇万円を遥かに下廻るものであると認められることや、前記のとおり被控訴人が控訴人の未払賃料を免除していることなど、被控訴人が本件建物を約定の短期間で明渡しを受けられることを期待しこれを前提にしていたのではないかとみられる事情もないではないし、前掲証人重崎も同旨の証言をするのであるが、前者については、前掲証人重崎の証言及び控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、右賃料額は、当時、控訴人が事業を継続していくために、当面賃料として支払える額は五〇万円が限度であるとの控訴人の強い要請を被控訴人が受け入れて合意したものであることが認められ、後者についても、控訴人の窮状を酌んでの処置とも推測されるところであり、いずれも前記認定を左右するものではない。

そうすると、本件建物の賃貸借は一時使用を目的とするものではないというべきであるから、借家法の適用を受け、約定の期間である昭和六三年六月三〇日の経過によって当然には終了するものではない。

約定期間満了を理由とする被控訴人の本件建物明渡の請求は失当として棄却されるべきである。

三次に、被控訴人の昭和六二年五月一日から昭和六二年一二月三一日までの賃料合計四〇〇万円とこれに対する遅延損害金請求について判断する。

被控訴人が右金員の支払を求める根拠として挙げるのは(1)本件即決和解において「賃借人が本件和解条項所定の債務を完全に履行した場合は、賃貸人は賃借人に対し昭和六二年五月一日から昭和六二年一二月三一日までの賃料債務を免除する。」との約定がされた、(2)控訴人は、約定期間満了時である昭和六三年六月三〇日に本件建物を明渡さなかったが、これが右条項の「債務を履行しなかった」に該る、との二点であるところ、(1)の条項が本件即決和解において約定されたことは当事者間に争いがない。しかしながら(2)については、同日までに控訴人が本件建物を明渡さなかったことは控訴人において認めるところではあるけれども、前示説示によって明らかなように、右約定期間満了によって当然本件賃貸借が終了し控訴人において明渡すべき債務が発生したものではないから、前記約定期間満了時に明渡さなかったことは被控訴人に対する債務不履行とはならないものである。前示和解条項は、控訴人が債務を完全に履行したときは免除の効果が発生するというものであるから、被控訴人の主張する期間満了時の明渡しが債務不履行ではない以上控訴人において明渡しに関し債務不履行はなかったといわざるを得ず、しかも前示認定事実によると、右条項は正確には「控訴人が昭和六三年一月一日から右賃貸借契約満了までの間、同賃貸借契約所定の債務を完全に履行した場合は、」とあることが認められるので、免除の効果の発生する「債務を完全に履行した場合」は、賃貸借契約が終了するまでの間のものを指すものと解されるのである。したがって、本件賃貸借が未だ終了していない現段階においては、控訴人の債務が完全に履行されるか否かは確定し得ないから、控訴人から、債務を完全に履行した旨の主張はないけれども、少なくとも、被控訴人の主張する債務不履行は現在までのところ控訴人には存しないから、現段階では「債務を完全に履行した」という停止条件の成就しないことが確定したものとして、被控訴人の四〇〇万円の賃料請求を認容することはできない。また、右のような約定は、同時に四〇〇万円の未払賃料につき建物明渡時まで支払の猶予をする趣旨を当然に含むものと解されるから、この趣旨からしても、支払期限は未到来ということができる。

被控訴人の右請求も失当として棄却を免れない。

四よって、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官田中観一郎 裁判官井上郁夫)

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